002:或る歯科医の場合 / 「建築紛争と建築士 」建築相談(建物づくりアドバイス)

     

002:或る歯科医の場合 / 「建築紛争と建築士 」

私は歯科医院を開業しています。通院がおっくうなお年寄の為に、往診可能な歯科医院を開業することが夢です。

現在は駅前のビルの中で開業しているのですが、自宅までは車で少し走らなければなりません。もう少し離れたところに両親がふたりで暮らしていて、最近父親の足腰が弱り、母親が賢明に介護していますが心配です。できれば一緒に暮らしたいと考えていました。

そんな時、格好の住宅が売りに出ているのを見付けました。三階建の二世帯住宅で、もともと相当高額で販売されていた建売住宅ですがバブル崩壊で売れ残り、格安になっているのです。これなら1階を改造すれば、充分歯科医院に出来そうですし、相当な面積がありますので、両親も同居できそうです。銀行系の不動産会社の仲介で、ローンの手続も完了し、とりあえず住まいだけ移転し、それから医院の開設準備をするという段取りで、大きな希望を携えて入居したのが、平成6年の12月でした。

お正月の休暇を引越し荷物の片付けに費やしましたが、ダンボール箱は一向に減らないまま、旧来の医院で新年の診療を開始しました。

そうこうしていた平成7年1月17日、これまで経験した事の無い激しい揺れにたたき起こされました。びっくりして表に飛び出しましたが、ご近所は誰も出てきません。寝ぼけているのかと思い、我が家を振り返ると、タイル貼の外壁が大きく割れ、妻がとても気に入っていた玄関のガラス屋根が飛び散り、ガレージ横のブロック塀が倒れています。もう一度ご近所を見回しましたが、どうやら眼に見える被害は我が家だけ、ご近所は左程の騒ぎではありません。

幸いにも怪我人を出す事はありませんでしたが、なんだか狐につままれたような気持ちの中、なんとか片付けを続けて数日後、東京から来たと言う建築士のグループが通りかかりました。被災度を判定しているという事なので見てもらうと、リーダー格の建築士が、「この家は欠陥住宅の様に思います。私は東京から来ているのでこれ以上は見てあげられないが、大阪か神戸の建築士さんに、きっちり調べてもらったほうがいいですよ。」と言うのです。

愕然としました。『欠陥住宅』などという言葉は聞いた事がありません。どうしたらいいのか途方に暮れ、市役所や消費者センター、国民生活センターなどを片端から尋ねました。そうして、欠陥住宅を専門的に扱っているという弁護士の存在を知り、すぐに駆けつけました。

数日後、弁護士は建築士を伴って我が家を訪れました。

我が家は木造三階建てです。三階は屋根裏部屋なのですが、明るくて快適なので寝室に使っていました。ところが建築士は、「この三階は後工事で作られたもので、違反建築です。建物の構造耐力は、2階建て分しか無いでしょう。3階を閉ざして荷重を載せなければ、もう少し安全な建物になりますよ」と言います。けれどそうすると、使える面積が随分小さくなってしまいます。3階分全部を使えると思うから買ったのであって、建築士が言うように3階を閉ざせば、床面積はかなり小さくなってしまいます。格安とはいえ、多額のローンを抱えて買った家です。しかも、3階が使えなければ面積が足りなくなって、自宅で開業するという永年の夢が適いません。

弁護士と相談し、売主・建設会社・建築確認に記載された設計監理事務所・仲介業者を相手取って、取壊し建て替えの損害賠償請求訴訟を起こす事に決心しました。

建築士Wに詳細調査してもらい、報告書が出来上がりました。(1)建築確認の図面に指示された筋違の一部が省略されている(2)筋違には金物が使用されていない(3)有効な耐力壁が少なくて、3階建はおろか2階建でも建築基準法を満足していないという内容です。売買契約の時に受け取っていた重要書類綴りの中には、「検査済証」もあるのに、2階建でも駄目だとは、一体どうなってるんでしょう。

裁判が始まってすぐ、相手方から、私的鑑定書が提出されました。1cmほどもある分厚い書類で、大半は、Rという建築士が作成した構造計算書です。計算は私にはわかりませんが、前段の文章だけは読みました。私が依頼した建築士Wが指摘した項目の多くについて、「どこでもやっている」とか「問題ない」とし、「構造の安全性は、構造計算によって確認するのが確実である」として、自信満々に構造計算書を付けているのです。

驚きました。私が依頼した建築士Wは「建物の構造耐力は、2階建て分も無い」と云うのに、相手方の建築士Rは「安全だ」と言うのです。そしてRの構造計算は自信たっぷりの様に見えます。どちらが正しいのか、私にはわかりません。でも、あの地震で大きな被害を受けたのは、この近所ではうちだけだという事を考えると、「問題ない」とは思えません。

しばらくすると、Wが意見書を作成してくれました。その内容は、(1)相手方鑑定書の耐力壁配置は、実際の我が家とは全く違う(2)耐力壁に構造用合板が算定されているが、私の家にはそれは使われていない(3)耐力壁に算定されている石膏ボードは釘打ちではなくホッチキスで固定されているので、耐力は認められない(4)構造計算書には『Zマーク金物』が前提となっているが、それが無い事は訴訟提起の時点で明らかにしているというものです。相手方は、私の家を安全に見せるため、(1)都合のいい耐力壁配置を想定し、(2)外壁下地の合板を構造用合板だと云い、(3)内壁の石膏ボードもすべて構造耐力があるとし、かつ、(4)Wが施工されていないと指摘した金物を前提とするなど、現状を全く無視した構造計算書を作成していたのです。

Rは、(1)Wが「ここは耐力壁ではない」と指摘した耐力壁は無くし、その代わりに別の位置に耐力壁を想定し、(2)相変わらず外壁下地は構造用合板だといい、(3)ホッチキス止めの石膏ボードにも構造耐力があるといい、(4)『Zマーク金物』は間違ってプリントアウトしただけだと、なんともはや私には屁理屈としか思えないような反論を提出してきました。

そんな遣り取りを数回繰り返し、耐力壁配置については、どうやらこちらの言い分を認めるようになりましたが、構造用合板と石膏ボードについては一歩も譲りません。Wは、私の家の合板はコンパネであって構造用合板ではないといいますが、それを証明するのが大変でした。構造用合板を証する刻印が見当たらないと同時に、コンパネであることを証する明らかな刻印も見当たらないのです。いいえ厳密にいうと、コンパネらしき刻印は見えているのですが、雨漏りによる黒ずみで、写真には写らないのです。それでも、肉眼で見れば確かに「型枠用・・」という文字が見えますので、その写真を証拠として提出しましたら、相手方のRが、その意見書の中でなんと書いたと思いますか。「構造用合板の刻印を、わざわざ黒く汚して見えなくした」と、こうですよ。

私は、まったくもって頭に来ました。弁護士もWも怒っていました。父親の具合が良くなくて、家に騒ぎを持ち込みたくなかったのですが仕方ありません。相手方に、黒ずんだ合板を見せようという事になり、相手方と合同で現場確認する事になりました。

現場確認は二時間ほども掛かったでしょうか。相手方が大勢で押しかけてきて、妻は怯えながらも気丈に振舞っていました。その結果、(1)耐力壁配置は当方主張の通り(2)合板は型枠用合板(3)石膏ボードの固定はステープルで、しかも横架材までは達していないという事が明らかになりました。

私も妻も、ほっとしました。弁護士やWは、「Rの事だから、何を言い出すか判りませんよ」とは云いましたが、この頃には、私も妻も建築の事をかなり勉強していましたから、いくらRであっても、この調査結果では、もう構造計算を捏造する事は出来ないと思ったのです。

現場調査の直後に、またRの意見書が出てきました。

そこには「裁判所の鑑定を求める」とあり、あろうことか(1)型枠用合板を構造面材に用いた場合の壁耐力(2)上下端部が横架材に到達せず、ステープル固定された石膏ボードの壁耐力を求める・・・というではありませんか!

弁護士もWも、憮然と言うか唖然というか開いた口が塞がらないと言うか、『ここまでするかぁ!』っていう感じで、信じられないといった印象でした。

そもそも相手方が求めている鑑定は、建築基準法には全く触れられていない仕様の構造耐力を求めると言うのですから、そんなモン、どうして私の裁判でやらなきゃいけないんですか!国土交通省や大学が研究するならいざ知らず、私が蒙った被害を横に置いといて、なんという事を考えるんでしょう!弁護士とWがここまで解明してくれて、いい加減に、裁判所がRをたしなめてくれてもいいんじゃないでしょうか。

この紛争は、建築士Rが、建築関連法令を逸脱した私的判断を繰り返したもので、ある意味建築士による被害の典型だと思っています。

建築相談委員会ではこのような被害を少しでも少なくするため、『法律手続を視野に入れた建築相談調査システム』をスタート致しました。この新規事業が社会に認知され、建築士被害が根絶される事を願っています。