003:或る公務員の場合 / 「建築紛争と建築士 」建築相談

     
Tさんは公務員です。1人で暮らしていたお母さんが阪神大震災で被災し、一緒に暮らそうと、この家を買いました。

新築の建売住宅です。大きな土地をニ分割したらしく、よく似た家が2軒並んでいます。Tさんも奥さんも、日当たりが良くて静かなこの家が、ひとめで気に入りました。二軒のうちの片方は、既に住んでおられるようなので、話を聞いてみようとインターフォンを押してみました。

Yさんというご家族で、Tさんが隣を買おうと思っていると告げると、大変悦んでくれました。Yさんはサラリーマンで、Tさんが公務員である事を知り、安心したようです。Tさんと同様、日当たりと静かさが気に入っているとの事です。事業主は大きな会社ではないが、社長が実直な人で、是非逢ってみたらいいと言われました。

Tさん夫婦は、その足で事業主の会社を訪れました。この家に近く、社長Mさんの「近所でえぇ加減な仕事しとったら生きていかれしまへんがな」の一言が気に入りました。震災で大きな被害を受けた建物の多くが、建築基準に違反していたという事を新聞で見ていたので、「この住宅は、違反建築ではないですね」と聞くと、社長は「心配ありまへん。役所の検査にも、ちゃぁんと合格してまっせぇ」との事。安心して決心しました。

契約時に貰った書類の中には、建築確認の副本と検査済証が含まれていて、社長の言葉が嘘ではなかったと、嬉しくなりました。

お母さんは大喜びで引っ越してきました。Tさんの奥さんはさっぱりした人柄で、お母さんにべたべたする事も無く、とても自然なかたちでの同居がスタートしました。

ご近所は、Yさんをはじめ皆さんよさそうな方々で、Tさんの奥さんもすぐに馴染め、半年ほど経ちました。

ある土曜日、夕食時に気付きました。Yさん宅に明かりがついていないのです。旅行にでも出かけたのかなと思っていました。

日曜日の朝、この家を売ってくれたM社長が、突然やって来ました。工務店を連れています。「お隣のYさん宅を、ちょっとリフォームする事になりました。お騒がせしますが、宜しくお願いします。」新築後僅か半年でリフォームなんて、Yさんはえらくこだわる人なのかなぁと、Tさんはあまり気にしませんでした。

翌日から工事が始まり、外側に足場が組まれシートが掛けられ、Yさんの家は見えなくなってしまいました。内装をいじくる程度だろうと思っていたTさんは驚きました。こんなに大規模なリフォームをするのに、Yさんからご挨拶が無い事も不思議でした。

工事は、半月経っても終わる様子がありません。

日曜日、工務店の人が来ていないのを確認してから、興味津々、現場の中をのぞいてみました。

Tさんも奥さんも、唖然としました。立ち尽くしてしまいました。壁や天井の殆どが解体され、一部床も無くなっているではありませんか。でも、家具は残っています。各部屋の中央に集められて、しっかりシートで包まれています。

「いったい何処までリフォームするんだろう」「これじゃまるで棟上げまで戻っている」「なんでここまでしなきゃいけないんだろう」「もうしかしたら家相が悪いとか言われたんじゃ?」・・・Tさんの想像はどんどん膨らみました。

その後、殆ど建て替えに等しい工事は3ヶ月ほど掛かってようやく完成し、シートが外されて建物の外観が現れました。外から見る限りでは、元の状態とは何も変わっていません。窓から覗いてみると、間取りも全く変わっていないようです。家具も、殆ど元通りに置かれています。Tさんは狐につままれたような気分でした。

すぐに、Yさん一家が帰ってきました。ご挨拶に来られたので、聞いてみました。

「いったいどうしておられたんですか?」
『ホテル住まいさせて貰ってたんですよ。最初は気分良かったんですがねぇ、やっぱり自分の家がいいですよ。疲れました。』

「ホテル住まい?させて貰った?どういう事ですか?」
『M社長がね、申し訳ないって言って・・・』

「M社長が?申し訳ないって・・・どういう事?」
『うちの家がね、欠陥住宅だったんですよ』

「えぇ?!」
『欠陥住宅ですよ。時々テレビでやってるでしょう。あれですよ。』

「欠陥住宅・・・?何処が・・・?どうしてそんな事に・・・?」
『調べてもらったら判ったんですよ。ほら、この先のAさん、あそこの家がね、欠陥住宅で裁判してるんですよ。それでね、Aさんに建築士を紹介して貰ったんですよ。』

「それで・・・?」
『非常に深刻な欠陥住宅ですよって言われましてね、ビックリしましたよ。んでね、どうしたらいいんですかってその建築士に聞いたらね、事業主と交渉してあげるって言って呉れましてね。すぐにM社長を呼んだんです。私と同じくらいビックリしましてね、その場で携帯で工務店に電話してましたよ。』

「それでこんな大規模なリフォームを?」
『えぇ。M社長ね、泣いてましたよ。うちとTさんの家を建てた大工は、初めての大工だったらしいんです。これまで頼んでいた大工が忙しかったらしくてね。少しくらい待ってでもあいつにやらせりゃ良かったって、悔しがってました。ここを建てた大工は全然反省してなくて、出るトコへ出てもいぃとまで言ったそうですよ。それで、M社長は、とりあえずこれまで付き合いのあった大工に頼んで、うちの家を修理してくれたんです。しかしねぇ、ホテルまで用意してくれたんですから、あんまりきつい事も言えなくてねぇ。やっぱりM社長は実直な人ですよ。』

Tさんは、頭が真っ白になりました。・・・冗談じゃない!うちの家も同じ大工が建てたんだから、・・・じゃぁ、うちも欠陥住宅じゃないか!

すぐにM社長を呼びました。憔悴しきった様子でM社長は「この家も、同じ大工に頼みましたから、もしかしたら欠陥住宅かもしれません。資金繰りがもぅちょっと良くなれば、すぐにTさんの家も改修させて貰いますんで、少しだけ待ってください。あの大工を訴えます。訴えて、何がしかの金でも取れたら、すぐに・・・」

Tさんは、建築相談に出かけました。

完了検査済証もあるので、もし欠陥住宅だったら行政を訴えますかという弁護士の言葉に、少し考えさせて欲しいと返事を留保して帰りました。

夫婦で話し合い、数日後、建築士に調査してもらいました。

案の定、欠陥住宅でした。
(1) 建築確認の副本に書かれた耐力壁では、法の基準を満足していない事
(2) 実際に施工された耐力壁は、建築確認より少ない事
(3) しかも、筋違を固定する金物のボルトが外されていた事

これらの事実から、建築士は、この家は安全とはいえないと言います。Tさんは、じっくり説明を聞いて、欠陥住宅であることを充分理解しました。

しかし「(1)」の、建築確認そのものに問題があるという事は、Tさんにとってショックでした。Tさんは30年間公務員として真面目に奉職して来たつもりです。同じ公務員の職務である建築確認が、こんなにいい加減だなんて考えられない事ですが、事実なのです。相談に応じてくれた弁護士が言うように、行政を訴えるという事も考えられますが、しかし・・・。Tさんは躊躇しました。

M社長と何度か話し合いましたが、M社長の資金繰りが改善する様子は見られません。とうとうM社長自身から「どうぞ訴訟してください。私はあの大工を訴えていますから、もし勝てれば、その分きっちりTさんにお支払いします。」と言い出しました。いろいろ考えた結果、行政を訴える事はせず、M社長とその会社・建築確認に記載された設計監理者を相手取って訴訟しました。確認上の施工者は事業主の「直営」になっており、問題の大工を相手取る事はしませんでした。

裁判の途中で、M社長は会社を閉めてしまいました。M社長の家は抵当に入っていてあてに出来ない事も判りました。設計監理者は引越ししてしまい、行方がわからなくなっていましたが、半年ほどかけて探し出しました。しかし、資産といえるようなものは無いようです。

裁判当初は、M社長側から反論も出ました。筋違の固定ボルトが外されていた事について、「Tさんの家を調査した建築士が外したんだ。他人を陥れるような汚い事をするな!」と反論してきたのには驚きました。なんて事を言うのでしょう。

行政はちゃんとチェックしないで確認をおろすし、耐力壁が確認図面より少ないのに完了検査に合格させてしまう。しかも調査してもらった事実に、こんな形で反論されるなんて、一体建築の世界はどうなっているんだろうと、とても空しい気持ちになってしまいました。

この裁判は、一審で、取壊し建て替えに相当する賠償金の判決を受け、確定しました。しかし、Tさんは何も実行できていません。今も、何もしないままこの家に住み続けています。

この後、建築確認検査業務が民間開放され、現在に至っています。消費者の利益を疎外しない、適切な業務遂行を期待するところです。